
建御雷神(武甕槌命/タケミカヅチノカミ)はどんな神様(何の神様)なのか?またどのようなご利益があるのか?
簡単な説明、ご利益、呼び方・表記、祀られている神社について一覧でまとめています。
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建御雷神(武甕槌命/タケミカヅチノカミ)はどんな神様?/何の神様?

建御雷神(武甕槌命/タケミカヅチノカミ)は、日本神話の国譲りの話に登場する武勇や勝負事の神様で、雷神・剣神とも言われています。
主にタケミカヅチと呼ばれています。
タケミカヅチは「古事記」「日本書紀」に3回登場します。
- 神産みの時、十拳剣「天之尾羽張(アメノオハバリ)」から誕生
- 力技で、オオクヌシに国譲りさせることに成功
- 神武天皇が熊野で、タケミカヅチの神剣「布都御魂(フツノミタマ)」を手に入れて勝利
一つずつ詳しく解説します。
神産みの時、十拳剣「天之尾羽張(アメノオハバリ)」から生まれた神様
神産みの時に伊邪那岐命(イザナギノミコト)は悲しみで火之迦具土神(ヒノカグツチノカミ=カグツチ)を斬り殺しました。
その時に、十拳剣「天之尾羽張(アメノオハバリ)」の根元に付いた血から生まれた三神の一柱です。
この剣は別名:伊都之尾羽張(イツノオハバリ)とも呼ばれています。
- 甕速日神(ミカハヤヒノカミ)
- 樋速日神(ヒハヤヒノカミ)
- 建御雷神(武甕槌命/タケミカヅチノカミ)
力技で大国主命(オオクニヌシノミコト)に国譲りさせることに成功

地方豪族がそれぞれのルールで政治を行っていたのを見て、日本全体が一つのルールで治める方が望ましいと感じ、天照大神(アマテラスオオミカミ)の子孫が日本を治める皇室の祖先として地上に送られるようになりました。
そのためには、今政治を行っている大国主命(オオクニヌシノミコト)に説得する必要があり、送られた天穂日命(アメノホヒノミコト)、天若日子(アメノワカヒコ)は次々失敗してしまいます。
アマテラスは思金神(オモイカネ)に相談して、高天原で最も勇敢な神様を地上に送ることにしました。
そこで3度目の正直と送られたのが、雷神(雷の神様)で剣神(剣の神様)でもある建御雷神(武甕槌命/タケミカヅチノカミ)でした。

「古事記」によると、建御雷神(武甕槌命/タケミカヅチノカミ)は、天地を行き来する船を操る天鳥船神(アメノトリフネノカミ)と一緒に出雲に向かいます。
(「日本書紀」では、経津主命(フツヌシノカミ)と一緒に向かったと書かれています)
天鳥船神(アメノトリフネノカミ)と出雲大社近くの伊邪佐の浜(稲佐の浜)に降り、彼らは長い剣を先端を上にし砂浜に付きたて、剣の先にあぐらをかいて自分たちの力を見せつけ、オオクニヌシを呼び出し、アマテラスの子孫に国をゆずるように求めました。
これに対しオオクニヌシは「子神の事代主神(コトシロヌシノカミ)の考えを聞いてからお返事します」と答えます。
その後、事代主神(コトシロヌシノカミ)=恵比寿様(えびす)は国譲りの話をすぐに承諾し、海の果てに帰っていきました。
これで終わりかと思いきや、オオクニヌシの息子で剛力の建御名方神(タケミナカタノカミ)が片手に大きな岩を持って登場し、タケミカヅチに戦いを挑んできます。
「私と力比べをしよう。お前の手をとって握りつぶしてやる」とタケミナカタがタケミカヅチの手を取ると、タケミカヅチの手は氷になり鋭い剣の刃に変わり、思わず手を離してしまいます。
それに対し、タケミカヅチは「今度は私がお前の手を掴んでやる」と言いタケミナカタの手を取ると、(若い葦を引っこ抜くように)相手の手を簡単に引き抜き、タケミナカタを投げ飛ばしたのです。
力比べに負けたタケミナカタは一目散に逃げ出すと、タケミカヅチはどこまでも追っていったそうです。
長野の諏訪まで逃げたところで、逃げるのを諦めて降参しました。
「私は今後、この諏訪からは出ません。地上は天照大御神(アマテラスオオミカミ)の御子が思いのままに治めて下さい」と言いました。
圧倒的なパワーを見せつけた建御雷神(武甕槌命/タケミカヅチノカミ)により、国譲りが成功したという神話です。
力比べをしたタケミカヅチとタケミナカタは相撲の元祖ともされています。
神武天皇が熊野で、タケミカヅチの神剣「布都御魂(フツノミタマ)」を手に入れて勝利
神武天皇(神倭伊波礼毘古命/カムヤマトイワレビコ)は熊野に上陸した時に、それを阻止する豪族の妨害にありますが、不思議な剣の呪力によって助かります。
「古事記」によると、のちに物部氏が祀られている石上神宮の御神体となった神剣・布都御魂(フツノミタマ)だと記されています。
その神剣を持って現れたのは熊野に住んでいる高倉下(たかくらじ)。
高倉下(たかくらじ)は「夢に天照大神(アマテラスオオミカミ)と高御産巣日神(タカミムスビノカミ)が現れ、この剣は建御雷神(タケミカヅチノカミ)が天から授けたものだ」と神武天皇(神倭伊波礼毘古命/カムヤマトイワレビコ)に話します。
神武天皇は神剣を持つと光を放ち、熊野の悪神たちは退散し、熊野が平和になったのです。
布都御魂(フツノミタマ)という神剣は邪悪な精霊を鎮める力を持っていると信じられていたと語られています。
建御雷神(武甕槌命/タケミカヅチノカミ)のご利益

「古事記」と「日本書紀」から建御雷神(武甕槌命/タケミカヅチノカミ)のご利益をまとめました。
国家安泰・必勝
経津主神(フツヌシノカミ)と一緒に国譲りを実行した神様で、特に「武力で国を平定する神」であることから国家安泰・必勝のご利益があるとされてます。
勝負運・武芸向上・スポーツ上達
建御名方神(タケミナカタ)と力比べをし、あっさりと勝利。
それにより国譲りが決定したことから、勝負運・武芸向上・スポーツ上達のご利益のご利益があるとされています。
雷除け・厄除け
名前の「甕槌」は雷の響きを思わせ、武器(剣)と雷の神格を兼ねていることから、雷除け・厄除けのご利益があるとされています。
- 国家安泰・必勝
- 勝負運・武術向上・スポーツ上達
- 雷除け・厄除け
呼び方・別名・漢字表記
一般的な建御雷神(武甕槌命/タケミカヅチノカミ)以外にも呼び方は色々あります。書物や神社によって読み方や漢字が変わりますが、すべて同一神です。
| 呼び方 | 意味 |
|---|---|
| タケミカヅチ | 一般的な呼び方 |
| 建御雷之男神(タケミカヅチノオノカミ) | 「古事記」の呼び方 |
| 建御雷神(タケミカヅチノカミ) | |
| 建布都神(タケフツノカミ) | 「古事記」の別名 |
| 豊布都神(トヨフツノカミ) | |
| 武甕槌神(タケミカヅチノカミ) | 「日本書紀」の呼び方 |
| 武甕雷神(タケミカヅチノカミ) | |
| 武甕槌之男神(タケミカヅチノオノカミ) | 「先代旧事本紀」の呼び方 |
| 武甕雷男神(タケミカヅチノオノカミ) | |
| 建雷神(タケミカヅチノカミ) | |
| 武甕槌命(タケミカヅチノミコト) | 神社の呼び方 |
| 建御賀豆知命(タケミカヅチノミコト) | 吉田神社の呼び方 |
| 建御賀豆智命(タケミカヅチノミコト) | 大原野神社(京春日)の呼び方 |
| 建甕槌雄之尊(タケミカヅチオノミコト) | 布忍神社の呼び方 |
大阪府に建御雷神(武甕槌命/タケミカヅチノカミ)が祀られている神社
大阪で代表的な神社は枚岡神社(元春日)です。
| 神社名(大阪府) | 読み方 | 住所 | ゆえん |
|---|---|---|---|
| 岸和田天神宮 | きしわだてんじんぐう | 大阪府岸和田市別所町1 | 相殿神の一柱が武甕槌命(タケミカヅチノミコト) |
| 布忍神社 | ぬのせじんじゃ | 大阪府松原市北新町2-4-11 | 主祭神の内の一神が建甕槌雄之尊(タケミカヅチオノミコト) |
| 枚岡神社 | ひらおかじんじゃ | 大阪府東大阪市出雲井町7-16 | 主祭神の一柱が武甕槌命(タケミカヅチノミコト) |
| 船岡神社 | ふなおかじんじゃ | 大阪府泉佐野市南中岡本276 | 御祭神の一柱が武甕槌命(タケミカヅチノミコト) |
京都府に建御雷神(武甕槌命/タケミカヅチノカミ)が祀られている神社
京都で代表的な神社は大原野神社(京春日)と吉田神社です。
| 神社名(京都府) | 読み方 | 住所 | ゆえん |
|---|---|---|---|
| 大原野神社(京春日) | おおはらのじんじゃ(きょうかすが) | 主祭神の一柱が建御賀豆智命(タケミカヅチノミコト) | |
| 幸神社の末社「三天社」 | さいのかみのやしろ(さんてんしゃ) | 京都市上京区寺町通今出川上る西入幸神町303 | 末社「三天社」の御祭神の一柱が建甕槌命(タケミカヅチノミコト) |
| 日向大神宮の下ノ別宮「春日神社」 | ひむかだいじんぐう(かすがじんじゃ) | 京都府山科区日ノ岡一切経谷町29 | 下ノ別宮「春日神社」の御祭神の一柱が武甕槌命(タケミカヅチノミコト) |
| 吉田神社 | よしだじんじゃ | 京都市左京区吉田神楽岡町30 | 主祭神の一柱が建御賀豆知命(タケミカヅチノミコト) |



